みくまり 日々のできごとと好きなうたへの思いをつづることにしましょう。

スポンサーサイト
[No.] -------- -- --:--
上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
別窓 | スポンサー広告 | ∧top | under∨
視線の毒
[No.156] 2007-03-08 Thu 22:37
ここ数ヶ月は自分のライブも含め色々とステージを目撃した。
その中で、ある友達が歌っている姿を見てふと思い出したことがある。

山田詠美さんの小説『ぼくは勉強ができない』の一説。
「その内、人の視線を綺麗に受け止めることが出来る時期が、きっと来る」

高校生の時だろうか、この小説を初めて読んだのは。
主人公の秀美が学校や家庭や恋人との間に生じる様々な関係を独自の視点で
語るといったような内容。生き生きとした日常が9編連なっている。
詠美さんの作品の中でも特に好きで、今に至るまで何度も読み返している。
ある種あたしの生き方のバイブルに相当するのかもしれない。

その一文がふと脳裏に蘇ったのはきっと、ステージ上の彼女が、とても自然に
客席の視線を吸い込んで、みごとに歌としてお返ししてるように見えたから。
それまでの彼女のステージもすばらしいものであったが、今に比べれば
発する力の強さがいささか見るものの緊張を呼び起こしていたのかもしれない。
もちろん「迫力」や「鬼気迫る」という見せ方をするステージだって世の中に
いっぱいあるし、それが魅力である場合も多い。

ただ、そんなふうに変化を見せたステージ上の彼女は以前よりもずっと幸せそうで、
温かかった。
なんとも綺麗に人々の視線を受け止めている。
という風に感じたのである。

『ぼくは勉強ができない』の「賢者の皮むき」という編にある上記の一文。
人からどう見られるか、それをどう意識するか、そして自分はどうありたいか。
クラスのアイドル的存在の女の子とのかかわりから、自分の中にある「媚(毒)」に
気付き思い悩む高校生秀美くんという内容なのだが・・・
(上手く要約できてないっす。どうぞ各自お読みになって~)

あたしはどうなんだろうか。
秀美くんと共に「視線が結晶する毒」に気付いてからもう10年経ったが、、
何も進歩してないんじゃなかろうかなぁ。
「その内、きっと」と言われて、ただ待つのみの自分であったのかなぁ
などと少し悲しくなりながら車を運転して帰って来たのでありました。

最近遊びに行ったいろんなライブの際には、ちょっとずつこのことを思い出して
いました。
人に圧倒的に見られる時間、空間をもつバンドマンたちにはいろんなスタンス
があって、それぞれの受け止め方、返し方があるんだと思います。
心惹かれる音楽を奏でる人は、きっと自分の毒抜き方法を知ってるんだろう。

でもね、隠された「毒」をいかに抜くかを知ってる人ってそう居るもんじゃない。
「媚」が結晶化(可視化)してる事実にさえ気付かない人もいる。
で、たぶんぼんやりと過ごしてたらそっちのほうへ行ってしまうんだと思う。

ああ、少し昔の言い回し「人前に出て恥ずかしくない」ってこのことなのかな。
美しき日本人はそのしきたりに従うことによって「媚」が可視化するのを
防いでいたのかしら。

意識と意識未満。
結晶を溶かすのは柔らかなモノ??

暗中模索。
別窓 | つぶやく | コメント:0 | トラックバック:0 | ∧top | under∨
<<覚書~症状から反省まで~ | みくまり | 疲労の質は・・>>
コメント
コメントの投稿














管理者だけに閲覧

トラックバック
トラックバックURL

FC2ブログユーザー専用トラックバックURLはこちら


| みくまり |
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。